【1号店に学ぶシステム経営と「手本を示す」教育の原点】ドミノ・ピザとスターバックス 2.残暑厳しい日に店がやっと完成した!

この記事の目次
ドミノ・ピザのキッチンで子供たちがピザ生地を伸ばす体験学習の風景。効率的なレイアウトのコールドテーブルとトッピング食材が並ぶ。中内功氏や柳井正氏が重視した「現場での体験」と「標準化された作業環境」が、次世代のファンと担い手を育てる重要性を象徴。
【経営の気づき】清潔で機能的な「ドライキッチン」と、誰でも均一な品質を作れるシステムこそが、生産性向上とスタッフのモチベーション維持の鍵となります(出典:Wikimedia Commons / 著者:Ippei & Janine Naito)。

米国ドミノ・ピザ本部、指導官のリーダーシップスタイル「手本を示しリードする」

世界中に物は行き渡り、消費者ニーズの多様化からカスタマイズ時代への突入。豊富なメニューに覚えられるか心配に…

 その記念すべきドミノ・ピザ日本一号店に、アメリカのドミノ・ピザ本部から派遣されてきた指導官がいた。名前はジョン氏、通称「JB」という。

初めて対面したJBは、長身、ガッチリ体型で素晴らしい身だしなみ、姿勢や態度は正にプロのビジネスマンでかっこいいと感じた。

流暢な英語での説明は通訳を介さないと理解できなかったが、本場ドミノ・ピザの雰囲気を醸し出すには十分すぎるシチュエーションだった。まあ後にこのJBと意見がぶつかることとは、夢にも想像していなかった…。

店舗での研修はオーダーテイキング(注文の承り)とピザメイキング(調理)の実践。スタンダードのオーダーから予約オーダーの取り方を始め、ピザメイキングへのオーダー通し、ドーシート(受注表)の取り扱いなど、実践的な流れの中で基本の徹底とあらゆるケースを想定したロールプレイングが繰り返し実施された。

ピザメイクラインにはトッピングの食材が何種類もセットされていた。今ではトッピングという文化は当たり前であるが、昭和後期の当時ではトッピングという言葉や注文方法は、ほとんどなかったので馴染みの薄いものであった。

そのため、トッピング食材の種類やピザメニューとの組み合わせやカスタマイズピザのレシピを正確に覚えられるか、とても不安になったこと。そして、なぜこんなに手間をかけたピザをつくるのか、と思ったことを鮮明に覚えている。

それは、物不足を解消するため、少品種の大量生産によって物は行き渡るようになり、その結果、消費者ニーズが多様化した。個々のニーズに応えるカスタマイズ化、多品種の少量生産の需要が高まったという時代背景があることも後から分かった。

ちなみに、この時代にトッピングを導入したのはアイスクリームチェーンが多く、詳細は、以下の通り。

(参考)トッピングを導入したチェーン店のグランドオープン日

  • 1984年(昭和59年)11月 ハーゲンダッツ国内1号店 東京・青山店
  • 1985年(昭和60年) 9月 ドミノ・ピザ国内1号店 東京・恵比寿店
  • 1985年(昭和60年)10月 ホブソンズ国内1号店 東京・西麻布店

※専門家がお話を伺い、課題解決をサポートします。

1 2 3
シェアお願いします
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
この記事の目次