2026年、深刻な人手不足の中で「選ぶ面接」はもはや通用しません。今、伸びている店は、短時間で応募者の資質を見極めつつ、応募者から「ここで働きたい」と選ばれる「理念共感型」の仕組みを持っています。元ドミノ一号店メンバーが語る、学生を虜にし、現場を劇的に自走させる採用と教育の極意を公開します。
💡経営理念で「稼げる逸材」を惹きつける!現場が動き出す妥協なき採用・教育術
✅ 資質の見極め:日比谷の重厚なオフィスが象徴する、店選びの段階で「覚悟」を決めさせるブランドの伝え方
✅ 応募者視点:学生を熱狂させた「日本初」のワクワク感。店長が応募者に「面接されている」という意識の重要性
✅ 自走の仕組み:A4用紙4枚のマニュアルと、3歩以上は小走りの「HUSTLE」ポリシーが現場の生産性を劇的に変える理由
✅ 経営への集中:明確なミッション(行動指針)が道標となり、店長が細かな指示出しから解放され、経営判断に注力できる環境作り
店長が自らの責任で資質を見抜き、理念への共感を通じて採用後の定着率と店舗の熱量を劇的に向上させる、戦略的なマネジメント手法を徹底解説します。
すべては熱烈なファンのお客様との出会いから
日本初のピザデリバリー「ドミノ・ピザ」一号店が東京・恵比寿にグランドオープン
時は、1985年9月30日。残暑が残る暑い日のこと。
「広尾◯丁目、◯時◯分、いってきまーす」。元気な掛け声とともに日本のドミノ・ピザ一号店である恵比寿店がオープンした。
アルバイト第一号のメンバーだった私は、最初のピザをドキドキワクワクでデリバリーしたことを今でも昨日のことのように思い出す。
ドミノカラーを基調とした赤と青のユニフォーム、ピザを入れる大きなバッグ、初めて見る配達用の三輪スクーターはとにかく目立つ。多くの人が振り返り、中には「何屋さん?」と聞いてくるほどだった。
デリバリー先は広尾にある外国人専用マンション。高級感漂うエントランスに恐る恐る立ち、部屋番号を確認する。緊張感を抑えるために深呼吸してからインターフォンを押すと、ゆっくりと開いた大きな扉の先に満面の笑顔のお客様。
研修で学んだ英語での対応を頭の中で確認するように復唱してピザをお渡しした。すると「部屋の中に入れ」という。日本でようやくドミノ・ピザを食べることができる…
その記念に写真を一緒に撮りたいというのだ。驚きと嬉しさを隠し切れず、言われるがままに記念撮影の中に加わった。こうして私のドミノ・ピザでの仕事がスタートした。
ドミノ・ピザとの出会い
半世紀近く前の真夏。とても蒸し暑い日に求人誌で見つけた出前のアルバイト
ドミノ・ピザとの出会いはその日から遡ること2ヶ月前の1985年8月初旬。
真夏の蒸し暑い部屋で新たなバイト先を探すためフロムA(パート・アルバイト求人誌 リクルート社発行)を食い入るように読んでいた。見慣れたチェーン店の募集が並ぶ中に「日本初ピザデリバリー『ドミノ・ピザ』オープニングスタッフ募集中!」の言葉を見つけた。
当時の私はピザというものを食す機会もなく、デリバリーというものも今ひとつ理解できておらず、「ピザの出前かぁ…ET(1982年アメリカのSF映画。製作・監督スティーヴン・スピルバーグ氏)に出てきたヤツだなあ。あんな風に日本で利用する人いるのかなぁ」というのが最初の印象だった。
そして「道もよくわかっていないのに都内で出前なんてできるかなぁ」という不安が湧き出していたため、一旦、候補の一つにして他の情報を探すことにした。
翌朝、これといった新たな情報を見つけ出すことができず、最初に強く惹かれた「アメリカからやってきた新たな商品とスタイル」「先輩を意識する必要がないオープニングスタッフ」や「他よりも高めの時給額」と求人広告にあったキーワードを応募動機に再確認して面接チャレンジすることを決めた。
※専門家がお話を伺い、課題解決をサポートします。


