世界最強の「昭和の黒船」から「平成の黒船」に乗り継ぐ
2000年3月、14年間勤務したドミノ・ピザを卒業し、更なる成長を求めスターバックスコーヒーに
スターバックスコーヒーの日本上陸は1996年8月のことで、店舗数は4年間ですでに100店舗になろうとしていた時期だ。
最初にいわゆるヘッドハンティングの打診があったのは半年前の1999年、秋のことだった。
突然の話だったため即決できずにいた。営業部門の責任者として会社と部下に対する責任と大好きだったドミノ・ピザから離れることへの不安がズルズルと返事を引き伸ばしていたのだ。
その間、スターバックスの人事担当者は何度も話をする機会を用意してくれて、私の気持ちへの理解を示してじっくりと返事を待ってくれていた。その姿勢は人に対する接し方や想いの表れだと感じるところが強くあり、この人たちと一緒に仕事をしたいとの思いを高めさせていった。
その後、2回の面接を行った。
最初は店舗運営部門と教育部門の責任者とお会いした。予定時間を大幅に過ぎてから面接官の2人が別々にやってきた。
挨拶もそこそこに店舗運営責任者との質疑がはじまった。私はかなり緊張していたが、営業部門の責任者としてこれまでやってきたことと信念をベースに回答を行った。
まあまあの手応えを感じながら、続いて教育部門責任者の質疑に移った。すると最初の質問が店舗運営の責任者と全く同じ… 「あれ?さっき答えたけどな」。その後も何度か同様の質問があり面接を終了した。
2人は会話もなく別々にその場を後にしていった。
「ん?大丈夫なのか、あの2人、この会社…」。不安な気持ちを残して面接を終えたのだった。
数日後、二次面接である社長と副社長との面接実施の連絡があった。嬉しさと緊張が交錯したなんとも言えない気持ちだったことを覚えている。
二次面接は社長室で行われたが2人とも気さくに話を進めてくれた。そしてスターバックスに対する熱い想いと目指す姿を明確に伝えていただいた。
緊張感から深みのない話しかできなかった私だが、現状のスターバックスの課題を訊かれた際に、働いているスタッフの人数の多さを提言したことだけ明確に記憶している。
そしてこの時は、このスタッフの適正人数のことで先々上司とぶつかることになるとは想像だにしなかった。
こうして採用が決まり入社日を迎えることとなった。
幹部候補がアルバイトと一緒に初期研修を受ける
入社最初の研修は「スターバックス・エクスペリエンス*…!?」。そして、講師は本部の正社員ではない!?
初期研修として4つの集合研修の受講案内があり、最初の研修は「スターバックス・エクスペリエンス*」というもので、スターバックスに入社するアルバイト・正社員を問わず、全員が受講する最も基礎的なものだった。
受講者は私を含んで7名。私以外は全員アルバイトだった。みんな緊張した表情で発言も少なかった。担当講師のパートナー*も緊張感を隠しきれない様子で少々流れを掴めずに進行していた。
その緊張した雰囲気は、一回りも年が離れている私の参加がそうさせているのかと思い、遠慮気味にしていた。
実は最初の研修で驚いたことが二つあった。