あなたの商売に「生涯」という視点はありますか?
店舗を構え、お客様を迎え入れる日々。売上を上げ、利益を確保し、スタッフを育成する。経営者や店長の皆さんは、常に多くの課題と向き合っています。
しかし、その根底にある「商売」という営みを、どれだけ深く、そして長期的な視点で見つめているでしょうか?
今回のテーマは、「生涯職人、生涯商人」。この言葉は、単に技術を磨き、商品を売るという行為を超え、自身の仕事に人生を賭け、お客様との絆を何よりも大切にする経営哲学を指します。
この連載でこれまで見てきた「顧客との心の繋がり」「顧客第一主義」「商売の原点」といった原則は、まさにこの「生涯」という視点があってこそ、真の力を発揮します。
東京を代表する鰻の銘店「野田岩」。創業は第11代将軍徳川家斉の治世、寛政年間というから200年以上続く老舗です。

その五代目店主、金本兼次郎さん(かねもと かねじろう・昭和3年東京生まれ)は、御年97歳にして今なお現役で厨房に立ち、鰻を捌き続けています。「昔は30キロ、600匹はさばいていたよ」と笑顔で語る金本さんの言葉には、長年の経験と職人としての誇りが滲み出ています。
金本兼次郎さんは、その輝かしい歴史と伝統を深く継承しつつも、単に守りに入るだけではありませんでした。
パリへの海外進出や、高級食材であるキャビアと鰻を組み合わせた革新的な料理の開発など、常に新しい可能性に挑戦し、老舗の暖簾をさらに進化させてきたのです。
職人として技を養い、商人として正しく商う。こうした営みの積み重ねがお客様のためにあることを、野田岩の繁盛ぶりが証明しています。
彼の生き様は、まさに「生涯職人、生涯商人」という言葉を体現しており、現代の店舗経営者にとって、未来を照らす羅針盤となるでしょう。
理想を失うとき、初めて人は老いる:年齢を超越する経営者の視点
一方で、経営者の高齢化が業績の悪化をもたらすという指摘もあります。
企業信用情報会社の東京商工リサーチの調べによると、減収企業の社長を年代別に見ると、60代が48.8%でトップであり、70代以上が48.1%と続きます。また、赤字企業は70代以上が22.3%で最多となっており、「高齢社長に業績不振が多い背景には、長期的なビジョンを描けず、設備投資や経営改善の遅れが横たわる」とされています。
しかし、これはあくまで平均値の話であり、経営者一人ひとりに焦点を当てれば事情は異なります。
「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」という書き出しで始まる、アメリカの実業家であり詩人、サムエル・ウルマンの詩「青春の詩」にあるように、年を重ねるだけで人は老いるわけではありません。理想を失うとき、初めて人は老いるのです。
金本さんが常に心掛けている仕事の流儀、それは、
- 常に同じ仕事をする
- 仕事に“美しさ”があるか
- 仕事を“作業”にしない
そこには、「今日は昨日よりもおいしくつくろう、明日は今日よりももっとおいしくつくろう」と、常に高みを目指して挑戦し続ける精神があります。
「歳を重ねるということは素晴らしいことだ。これまでの経験を生かしながら、後ろを振り返り、前を見て進んでいくことができる。生涯現役、生涯鰻職人、これが私の生き方です」という金本さんの生き方が、まさにウルマンの詩の正しさを教えてくれるのです。
「時」が育む商いの精神:老舗に息づく永続の哲学
金本さんの経営哲学は、単に伝統を守るだけでなく、常に進化を追求する姿勢にあります。これは、現代の店舗経営者にとっても非常に重要な示唆を与えてくれます。
変化の激しい時代において、いかにして自店舗の「核」を守りつつ、新しい価値を創造していくか。その答えが、金本さんの「生涯」にわたる商いの精神の中に隠されています。
老舗が示すのは、過去の栄光に安住せず、未来を見据え、常に顧客に新しい驚きと満足を提供し続けることで、商売は時代を超えて生き続けるという哲学です。
伝統と革新の融合:老舗が描く未来の形
金本さんが示すのは、伝統はただ守るだけのものではなく、時代に合わせて進化させることで、より強固なものになるという考え方です。
お客様のニーズが多様化し、競合がひしめき合う現代において、自店舗の強みを活かしつつ、新しい商品やサービス、顧客体験を提供していくことこそが、持続的な成長の鍵となります。
これは、一度きりの流行ではなく、「生涯」にわたる顧客との関係性を築くための、不可欠な要素と言えるでしょう。
「職人」としての飽くなき探求心:技を磨き続ける「生涯」の道

金本兼次郎さんは、97歳になった今もなお、毎朝4時には厨房に立ち、約20キログラム(約400匹)もの鰻を捌き、若手の職人たちにその技を伝えています。30歳で野田岩を継いで以来、60年以上にわたり、職人として老舗の味を磨き上げ続けてきました。
この「飽くなき探求心」こそが、お客様を魅了し続ける秘訣であり、「生涯職人」の真髄です。
店舗経営において、私たちは「経営者」であると同時に、自店舗の「商品」や「サービス」を提供する「職人」でもあります。例えば、飲食店であれば料理の腕、アパレル店であれば商品の目利きやコーディネートの提案力、サービス業であればお客様への細やかな気配りなど。
これら一つ一つの「技」をどこまでも追求する姿勢が、お客様からの信頼と支持を勝ち取る土台となります。技は一度習得すれば終わりではなく、常に改善し、進化させていく「生涯」のテーマなのです。
技を磨く「ルーティン」の力:日々の積み重ねが未来を創る
金本さんの毎朝のルーティンは、単なる作業ではありません。それは、自身の技を維持し、さらに高めるための「修練」であり、若手への「伝承」の場でもあります。
皆さんの店舗でも、日々の業務の中に、自身の「職人」としての技を磨くためのルーティンを取り入れてみてはいかがでしょうか。例えば、開店前の清掃一つにしても、お客様が快適に過ごせる空間を創り出す「技」として意識することで、その質は格段に向上します。
この日々の積み重ねこそが、「生涯」にわたる店舗の品質と信頼を支えるのです。
「商人」としての顧客第一主義:絆を育む「生涯」の関係性
金本さんは、職人であると同時に、店舗を経営する「商人」でもあります。彼は、単に美味しい鰻を提供するだけでなく、お客様に「安心」と「満足」を提供することに重きを置いています。その経営哲学の根底にあるのは、「人を育てる」という強い思いです。
「跡を継がせるのではなく、一緒に店を繁盛させる」という金本さんの言葉は、現代の店舗経営における人材育成のあり方にも通じます。
従業員を単なる労働力としてではなく、共に店舗を創り上げていく「仲間」として捉え、彼らの成長を支援すること。これが、お客様へのより良いサービス提供に繋がり、結果として店舗の繁栄を導きます。
お客様との関係性もまた、一度きりの取引ではなく、「生涯」にわたる絆を育む視点が不可欠ですし、お客様の期待を超え、心に残る体験を提供し続けることが、リピーターを増やし、口コミを生む原動力となります。
従業員は「宝」:共に成長する「生涯」のパートナーシップ
お客様に最高の体験を提供するためには、まず従業員が心身ともに満たされ、生き生きと働ける環境が必要です。
従業員のスキルアップを支援したり、意見を積極的に聞き入れたりすることで、彼らは「自分ごと」として店舗の成長に貢献しようとします。
お客様の笑顔は、まず従業員の笑顔から生まれるのです。従業員との関係も「生涯」という視点で捉え、彼らのキャリアと成長を支援することが、店舗の持続的な発展に繋がります。
「生涯」をかけて追求する「商いの道」:変化を乗り越える力
金本さんは、「職人として技を磨き、商人として正直に商売をすることが、最終的にお客様のためになる」と語ります。この言葉は、店舗経営における「生涯」という視点の重要性を最も端的に示しています。
短期的な売上や利益だけでなく、長期的な視点で店舗の価値を高め、お客様との関係性を深めていくこと。そして、そのために自らも常に学び、変化し続けること。これが、真の「繁盛店」へと繋がる道です。
店舗経営は、決してゴールのあるマラソンではありません。常に変化する市場やお客様のニーズに対応しながら、自身の技と心を磨き続け、新しい挑戦を続ける「生涯の道」です。
この「生涯」という視点を持つことで、一時的な困難に直面しても、それを乗り越えるための強固な基盤と、未来への希望を見出すことができるでしょう。
変化を恐れず、挑戦し続ける勇気:未来を切り拓く「生涯」の精神
金本さんがパリに支店を構えたり、キャビアと鰻を組み合わせたりしたように、時には大胆な挑戦も必要です。
新しい商品開発、新しい販売チャネルの開拓、新しい顧客層へのアプローチなど、常にアンテナを張り、変化を恐れずに挑戦し続ける勇気が、店舗の未来を切り開きます。
この「生涯」にわたる挑戦の精神こそが、あなたの店舗を他にはない唯一無二の存在へと高めていくのです。
あなたの店舗を「生涯繁盛店」にするために
今回の記事では、老舗鰻店「野田岩」の金本兼次郎さんの生き様から、店舗経営における「生涯職人、生涯商人」の哲学、そして「生涯」という視点の重要性を学びました。
1. 時が育む商いの精神:伝統と革新を融合させ、時代を超えて愛される店舗を築く。
2. 職人としての飽くなき探求心:自身の技を磨き続け、お客様を魅了する「生涯」の道。
3. 商人としての顧客第一主義と人材育成:お客様と従業員との「生涯」にわたる絆を育む。
4.「生涯」をかけて追求する商いの道:変化を恐れず、挑戦し続けることで未来を切り拓く。
これらの原則は、業種や規模に関わらず、すべての店舗経営者、店長にとって普遍的に大切なことです。
日々の業務に追われる中で、これらの「商いの原点」を忘れずに、お客様に最高の体験を提供し続けること。そして、あなたの商売に「生涯」という視点を取り入れること。それが、あなたの店舗を「生涯繁盛店」へと導く、最も確かな道となるでしょう。
さあ、今日からあなたの店舗も「生涯職人、生涯商人」の精神で、お客様の心を掴み、地域に愛される存在を目指しませんか。