【この記事で分かること】
好調から一転、デリバリーエリア拡充が招いたオペレーション崩壊と「共育」による逆転劇
グランドオープン景気が落ち着き、売上好調の中、さらなる売上アップを目指したデリバリーエリア拡充が予期せぬオペレーション崩壊を招きました。現場の混乱と不満が渦巻く中、著者はマニュアルに依存しないJB式の「叱る」から「育てる」トレーニングの重要性を痛感します。OJTと「共育」の実践を通じてアルバイト指導に喜びを見出し、最終的に正社員として「あるべき姿」の実現を決意するのです。
予期せぬ事態:デリバリーエリア拡充が招いた現場の混乱
グランドオープンから約半年が経った頃、店舗の活気は落ち着きを見せ始めていた。その頃、今後のストアマネージャー候補として、外食産業での経験豊富な正社員の中途採用が始まった。私は彼らにオーダーテイキングやデリバリーのノウハウを伝え、共に働く日々に楽しさを感じていた。
そんなある日、本部からデリバリーエリアの拡充計画が発表された。実施の前日には追加エリアへメニューチラシが配布され、誰もが売上アップへの期待に胸を膨らませていた。
しかし、エリア拡充開始当日、ピークタイムに合わせてシフトインした私は、信じられない光景を目の当たりにした。
デリバリーされずに店内に山積みにされたピザの山。ドライバーが戻るのを待つしかない瀕死の状態だった。電話は鳴り止まず、ピザメイクもできない。ピザが届かないお客様からのクレーム電話も相次ぎ、まさにオペレーションは完全に崩壊していたのだった。
危機を乗り越え、オペレーションを立て直す
この状況を打開するため、私はすぐに行動を起こした。まず、電話回線の通話状態を確認し、話し中になっていないか?を確認し、新規オーダーを一時的に停止するよう指示を出した。そして、焼き上がりから30分以上経過し山積みになっていたピザは、廃棄して作り直すことを正社員の責任者に提案し、即座に実行に移した。
正常な状態を取り戻すべく、時間の経過も忘れ、必死に働き続けた。混乱の極みにあったオペレーションが、少しずつ平穏を取り戻すことができたのだった。
その日の仕事を終えた時、責任者から「今日は本当にありがとう」と、労いと感謝の言葉があった。
その気持ちは素直に嬉しかったものの、この瀕死の状態に陥った根本原因への疑問が拭えなかった。「今日はなぜこんな風になったんだろうか…」私は、その責任者に原因を問いかけた。
責任者は「私のオペレーションスキルがまだまだで…。アルバイトの人数も明らかに不足していた」と答えた。
私は心の中で思った。「そうです!前日のエリア拡充に対して、アルバイトの人数を増やしていなかったことが最大の原因!なぜ拡充計画の中に、シフトを増やすことまで考えていなかったのか。熱々ではないピザを届けることになり、電話も繋がらない状態を作ってしまったことは、期待していた売上アップどころか、会社のイメージダウンに繋がってしまったのではないか…」と。私は頷きながら、彼の話を聞き続けた。
現場の不満と、あるべき姿への模索
実はその責任者に対しては、日々のオペレーションにおける業務指示についても、周囲のアルバイトから不満の声が上がっていた。
翌日の仕込み作業、ピザ生地の発酵プロセス準備、食材や備品の発注量、シフト終了後の精算、メニューチラシのポスティング配布指示など、業務の流れを理解しているアルバイトたちから見れば、予測や準備不足から生じる問題に歯痒い思いをすることが少なくなかったのだ。
この頃から私は、「自分だったらこのタイミングでこれをやる。ここでアルバイトに指示を出すなぁ」と、オペレーション全体をより深く捉え、考えるようになっていた。
当時のオペレーションマニュアルは、先に述べた通りほとんど未整備の状態だった。指導官であるJBの指導のもと、口頭と体感で習得が求められるスタイルが主流だったのだ。
後になって知ることになるが、オペレーションマニュアル自体はアメリカ本社から提供されていたものの、オペレーションを十分に理解しないまま翻訳されたためか、使用器具の一つひとつや専門用語が丁寧に日本語化されすぎており、かえって理解しにくい状況を生み出していたのだった。
- 「JB」とは:ドミノ・ピザ日本一号店のグランドオープン時にアメリカのドミノ・ピザ本部から派遣された指導官の通称。詳細は「ドミノ・ピザとスターバックスに学ぶ 3.ドミノ・ピザを日本で成功させるための原点」をご覧ください。
「叱る」から「育てる」へ:JB式トレーニングの真髄
その後、新たなアルバイトの採用も進み、仲間が増えていった。後輩たちへの指導は、私たち先輩アルバイトが責任を持って行っていた。いわゆるOJT(On-the-Job Training)スタイルで、新人の後ろに従えてやり方を説明し、やって見せ、やってもらい、そしてフィードバックすることを繰り返した。これは、オープン前の研修でJBが実践していたやり方そのものだ。
私がJBの指導で感じた心地よさは、きっと他の人にも同じように伝わるはずだという思いから、このスタイルにこだわり続けた。一方、中途入社した正社員の中には、口うるさく厳しい人もおり、感情的に叱責する場面も散見されたが、叱責されたアルバイトは、一気に意気消沈し、やる気をなくしている姿を裏側で見ていた。
「人は怒りつけても行動は変わらない」。叱責を受ける側の気持ちに立った時、取った行動のどこが良くなかったのかがわからなければ正すこともできないと、なんとなく理解できた。だからこそ、私は新人に対しては感情的にならず、JBスタイルで対処しようと心に決めていた。これも後になって知ることになるが、JBのトレーニング手法は「トレーニングの4ステップ」と呼ばれる、体系化された手法だったのだ。
トレーニングの4ステップ
「トレーニングの4ステップ」とは、主にOJT(On-the-Job Training:実務を通して行う教育)で使われる、非常に実践的な指導方法のことだ。
これは「4段階職業指導法(Job Instruction Training: JIT)」とも呼ばれ、特に第二次世界大戦中のアメリカで、急増する労働者への効率的な技能伝達のために開発された手法で、各ステップの概要は以下の通り。
- ステップ1 準備(Prepare): マニュアルや教える方法などの準備
- ステップ2 提示(Present): 手本を示す
- ステップ3 実行(Try out): やってもらう
- ステップ4 評価(Follow up): 確認。認める。良い点を褒め。改善点を伝える
このトレーニングの4ステップは、「教える」から「できるようになる」までの流れを体系化したもので、特に新人教育や業務引き継ぎなど、短期間で実践的なスキルを身につけさせたい場合に非常に効果的だ。
これは、山本五十六元帥が述べられた「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」の名言と、類似しているが。単なる偶然の一致だったのだろうか。
ピープル・ビジネスでは、このように全てを教えてくれるわけではない。自ら苦悩し、学び、改善する人が評価され、その繰り返しの結果、成長し、チャンスも開かれていく。さらに、その事例集がやがてマニュアルされていくのだ。
アルバイトから社員へ:現場で芽生えた成長と決意
これまでは教えられる立場だった私が、教える立場へと変わった。インプットからアウトプットへと役割が変化したことで、「教える教育」と「教えられる教育」が一体となった「共育」の真髄を肌で感じ、人を育てることに大きな喜びを覚えるようになっていった。
このような貴重な体験を経て、オープン1周年を迎えた1986年9月、私はドミノ・ピザの正社員になることを決意した。
どちらかというと批判的フォロワータイプだった私は、周囲の言動やオペレーションに対する姿勢を一部反面教師的に捉え、自身の考える「あるべき姿」をこの手で実現したいと強く願ったのだった。
一介のアルバイトに過ぎなかった私を、これほどまでに夢中にさせ、お客様やお店のことに真摯に向き合わせ、ついにはオペレーション改善まで考えさせた動機とは、一体何だったのだろうか?単なる時給や職位だったのだろうか?その真の理由は、「ピープル・ビジネス」が持つ醍醐味そのものだったのだ。
次回の記事では、この経験が「アルバイトリーダーとしての自覚」をどう育み、その後のキャリアにどう影響を与えたのかを深く掘り下げていく。ぜひ、ドミノ・ピザとスターバックスから学ぶ、次なる成長の物語に期待してほしい。


