商業経営の原理原則 『共通する繁盛の法則・実践者たちの横顔』(第1回) どん底まで落ちて「ゼロではなくマイナスからのスタート」

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「どん底まで落ちて、大地を踏みしめ、共に頑張れる仲間がいて、はじめて真の希望は生まれる」お客様のために再興を決意

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すべてを失い、どん底から再興した商人

ゼロではなくマイナスからのスタート

「どん底に大地あり」

1945年夏、長崎に落とされた原爆で被爆し、重傷を負いながらも救護活動に尽力した永井隆医師の言葉と言われています。その後も永井医師は、被爆症研究に43歳という短い生涯を捧げました。
NHK朝の連続テレビ小説「エール」では、俳優の吉岡秀隆さんが永井医師を演じ、「神はいるのですか?」と問う若者を例示しながら、こう語っています。

「神の存在を問うた若者のように、『なぜ?』『どうして?』と、自分の身を振り返っているうちは、希望は持てません。どん底まで落ちて、大地を踏みしめ、共に頑張れる仲間がいて、はじめて真の希望は生まれるのです」

このシーンを観たとき、思い出した商人がいます。

どん底まで落ちた…。お客様のために被災3日後に再興を決意

2011年の東日本大震災で市街地のほとんどが津波に飲み込まれ、最悪の犠牲者率を記録した岩手県陸前高田市。この地で2代目として婦人服店を営んでいた小笠原修さんは、家も店舗も倉庫もすべてを津波に流されました。

しかし3日後の3月14日、小笠原さんはこのまちで店を再興することを決意しました。11カ月後にはコンテナ店舗で営業を再開、2年後にはプレハブ店舗へ移転しながら、地域の商人たちのリーダーとして仲間と共にまちの復興にも取り組んだのです。

なぜ、彼はすべてが流されたまちで商いを続けたのでしょうか。自分と家族だけのことを考えるならば、ほかにもっと楽な選択肢があったはず。事実、東京で事業をしている身内から誘われたこともあったといいます。

「多くの人命が失われましたが、幸いにも私たち夫婦はそれぞれ親も無事でした。それがわかったのが震災から3日後の3月14日のこと。そのとき、親たちのため、長年ご愛顧いただいたお客様のため、大好きな陸前高田のために、店をやり直そうと決意したのです」

小笠原さんの希望も、まさにどん底まで落ちたところから始まりました。

2017年には、ついに中心市街地に本設移転開店。従来の婦人服、服飾品、雑貨を扱う「ファッションロペ」に、自家焙煎コーヒーと食事が楽しめる「東京屋カフェ」を併設し、復興の第一歩をしるします。そこには小笠原さんの商いの哲学と、未来を見据えた戦略がありました。

少子高齢過疎化。わが街の店づくり

震災から10年が過ぎ、2万4000人いた陸前高田市の人口は1万8000にまで減少。高齢化率も35%から6ポイント増と、全国平均を大きく上回ります。こうした事実を小笠原さんは受け止め、「ならば、そうしたまちで暮らしに役立ち、自らも生き続けていくためには何が必要か」と考えた末の業態開発だったのです。

震災の月命日に自分を見つめる

原点回帰。自分を律し、心を整え前に進む

街並み 生活

小笠原さんは足を止めない。独自性ある商品をつくろうと考えていたとき、自らをどん底に落とした海が目にとまり、出会いがありました。海中に酒を沈めて一定期間置くことで熟成を促す「海中熟成」に取り組むプロジェクトを知り、コーヒー豆で取り組んだところ、旨味、酸味、香りなどコーヒーの味を左右する成分が増したのです。

こうして誕生した日本初の海中熟成珈琲は人気商品となり、それをドリップコーヒーパックとしても販売。パッケージ表面が自由にデザインでき、裏面がはがき仕様のため、郵便で送れるギフトとして人気を集めています。

そんな小笠原さんが毎月、ある日に続けている習慣があります。毎月11日を、東日本大震災で亡くなった方々への月命日として、自分の考えと行いを精査し、疑ってみるというものだ。

「危機は人を成長させるチャンス。どんな逆風でも足を止めず、先を見て動き、走りながら考えること。震災の月命日には毎月、自分のやっていることを疑い、生まれ変わった気持ちで一歩を踏み出してきました。これからも、そうやってまちの暮らしを彩りたい」

大難を乗り越えからこそ

最後に彼は言いました。

「あの震災に比べたら、コロナはさまざまな課題の一つすぎません。むしろチャンスと捉えて行動するときです」

どん底まで落ち、底から大地を踏みしめ希望をつかんできた商人の言葉です。

商いの原理原則

売るということは
お客様との心の交流であり
人と人との付き合い
人間からすべてが始まる

「販売」とは、どのような営みでしょうか? お金が普及する前の古代では、欲しいものを手に入れるための方法は物々交換でした。海の民と山の民がそれぞれの収穫余剰物を交換したことが始まりと言われています。

そこには異なる文化の交流があり、人と人の出会いがありました。つまり、売るということは、人と人の付き合いであり、心を通わせる営みにほかなりません。商いとは、人間の交流からすべてが始まる聖なる営みなのです。

ある一人のお客様の顔を心に浮かべ、その暮らしぶりを想い描きましょう。その人のために商品を仕入れたり、つくったりするとき、何を思い浮かべますか? 商取引によって得られるお金ですか? いいえ、きっとその人が喜ぶ笑顔でしょう。

そのお客様が来店して、その商品を手にとってくれたとします。そして、「そうそう、これが欲しかったの! ありがとう」と喜んで買ってくれる。そこにこそ商人の本当の喜びがあります。

そうした経験を、あなたもきっとお持ちのことでしょう。そんなとき、「売るって素晴らしい」「商いって素敵だ」と思いませんか。あなたが毎日携わっている販売とはそういう仕事なのです。

ピープル・ビジネスのことば

真なるお客様数とは

商売では、一般的にお客様の“数”を「客数」と呼んでいます。英語では「Transaction Counter」(トランザクション カウンター)と呼ばれ、T/Cと略されています。直訳すると「取引数」で文字通りお客様数とは取引数のことです。

その単語には下記の意もあります。

・Transaction(トランザクション)=(個人的な)交流、相互作用

つまり、「Transaction Counter」(トランザクション カウンター)とは、お客様と商人の心の交流数を指しているのです。心の交流の結果が、お客様の数なのです。

(商い未来研究所・笹井清範)

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