「店は客の為にある」と言われたのは、単なる精神主義的
先生を、単なる精神主義者と誤解している人が少なくないのは残念だ。先生は、非常に合理的な精神の持ち主であった。例えば先生「店は客の為にある」と言われたのは、単なる精神主義的ではなかった。
客が代金を支払うために、わざわざ奥まで行くのはおかしい。店主が、店頭第一線にいて、お金をいただかなくてはならないといった、具体的なこと、技術的なこと、そして、合理に徹したことを言われていたのである。
先生が、最も大切にされたことは、革新性であり、小売業が産業化していくことに対するロマンであったと思う。先生自身は、近代化への自助努力をしない商人を非常に嫌われた。大規模小売店舗法の問題に関して先生は、小規模店を単に保護しようということはおかしい。やはり、自由競争の原則を貫くべきだ、ということを言われていた。
一方で、ビッグストアが、革新性を失ってきたかと、時々お話になっていた。「ビッグストアが、革新の担い手となって、日本の流通の近代化に力を尽していく。そして、本格的なチェーンストアとして、小売業を産業化するというロマンを実現する」ということに、先生が期待を持たれていたと、今、痛感する次第である。最後まで、大店法に関し、御心配をおかけしたことについて、たいへん申しわけなかったと、反省している。
先生に対する最後の思い出となるのは、昨年の商業界ゼミナールで、基調講演をさせていただいたときだ。先生が中国の古典から選ばれ、常日頃言われていた、「道を行わんとする者は非道を行うべからず」というスローガンに対し、高島屋問題で少し感情的になっていた私は、「道を行わんとする者、敢えて非道を行うべし」と先生に対して、挑戦的な基調講演をした。

中内功にとって歩いた後に道がある。我々の前に道はない。孔子の言ったように、「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」という、それだけの壮絶なる生きざまがないと、道というものは歩めない、と激しい言葉で話をした。
あとで聞けば、楽屋裏で先生は、ニヤニヤ笑いながら聞いておられたそうである。さすがに先生だと思った。先生の教えを受けたひとりとして、先生の言葉でなしに、その精神の一部を、私が体得したということで、喜んでいただいたのではないかと思う。
先生には、ダイエーの主催する1兆円達成祝賀パーティーやその他のパーティーにも、いつも出席していただき、我々を、身をもって激励してくださった。(後略)
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