
創業の原点:「困窮に瀕する毎日」を乗り越えた商人
著者が商業哲学の根幹として掲げる「困窮に瀕する毎日にもめげず」という精神は、南部せんべい乃巖手屋創業者、小松シキさんの壮絶な人生経験に端を発しています。
シキさんは1918年に生まれ、幼少期に母と実家に出戻ったものの、家はかつての栄華を失い、まさに困窮に瀕する毎日でした。シキさんは、苦労を一身に背負う母を少しでも楽にさせてあげたい一心で、尋常小学校時代からさまざまな仕事に精を出します。ときには吹雪の中で行商に出て遭難しかけるほどの命懸けの苦労を重ねました。
小松シキにとって南部せんべいとのご縁の始まりは、尋常小学校卒業後、12歳の頃に奉公先で煎餅焼きを覚えたことでした。当時の南部せんべいは、特別なものではなく、昔はどこの家でも囲炉裏端で焼いていた、地域と生活に根付いた食べ物でした。
彼女の仕事は家事・子守りでしたが、忙しいときは店に出てせんべいを焼き、販売に携わる経験を積みました。この丁稚奉公で覚えた技術と商売の精神が、1948年の夫婦二人での創業に繋がります。
巖手屋の創業者である小松シキは、実に54年間、せんべい焼き一筋の人生を歩んできました。シキさんが毎日3時間の睡眠で奮闘する中でも、前向きで明るく商売熱心な人柄には自然と人が集まり、その人当たりの良さは集まった人たちを元気にさせる力がありました。
この「命懸けの苦労にめげず、人を惹きつける商人の絆を築く」という生き方こそが、「人を大切にする経営」の原点であり、真に強い組織の土台となるのです。
亡き夫の言葉と「三つの誓い」に込めた人本経営
時が経ち、持ち前の根気強さで商売を続け、気がつくと従業員も200人近くと大所帯になった頃、シキさんは亡き夫がいつも口にしていた言葉を繰り返し思い出します。
「山に行ったら木を大事にしなさい。川に行ったら水を大事にしなさい」
そしてシキさんは悟ります。「私一人の力ではない、小松の家族だけの力でもない、一生懸命、会社のため、私のため働いてくれる人たちがあって、巖手屋ができたのです。山の木、川の水、会社の人。私は、人を大事にしよう。それが、私の一番の仕事だと考えました」(小松シキ著『むすんでひらいて』より)
この思想を全社員に共有するため、巖手屋(旧・小松製菓)にはシキさんが定めた「三つの誓い」という企業理念があります。
<巖手屋の三つの誓い>
- もう一度会いたい人格を創ります
- もう一度食べたい製品を作ります
- 仕事を通して社会に貢献します
会社を大きくすることを目的とするのではなく、社員と商品を育て、世の中にためになることを会社の目的としているこの「人本経営」の思想と実践は、4代目となる小松豊社長に脈々と引き継がれています。
顧客満足度は「従業員満足度」から生まれる
店舗経営においては、お客様と直接接する現場のスタッフこそが、会社の「顔」であり、価値そのものです。顧客満足度(CS)の向上を目指すならば、その大前提として従業員満足度(ES)を高めることが不可欠です。
活き活きと働き、会社に大切にされていると感じている社員は、自然とお客様に対しても温かい心と真心のサービスを提供します。これは、マニュアルや研修では作り出せない、「慈愛真実」の精神が現場で循環している状態です。お客様は、提供される商品やサービスだけでなく、それを届ける社員の「心」を感じ取っているのです。

