【この記事の概要】
「下請けいじめは愛のムチ」。稲盛和夫が松下幸之助から学んだ、ぶれない経営のための「心の指針」。
理念経営の核心は、経営者自身が「このために死ねる」と心から確信することにあります。松下幸之助さんの言葉にある「経営者がただ一人確信すれば経営は50%成功し、社員と共有できればさらに30%高まる」という教えを基に、稲盛和夫さんが理念を現場に浸透させた具体的な5つの方法を解説します。
理念経営の核心:経営者自身の「確信」
前回の『7.経営理念を浸透させるコツ』では、稲盛和夫さんが実践した「稲盛流『浸透工作』」を通じて、自ら動く組織を作るための経営理念の浸透方法を解説しました。しかし、経営理念は「知っている」だけでは意味がありません。頭で理解するだけでなく、実際に「現場」で行動に移し、血肉化していくことこそ、理念経営の真骨頂です。
その実践の根底にあるのは、経営者自身が「このために自分は生まれてきたし、このために死ねる」と心から確信していること。なぜなら、その確信こそが、どんな時でもぶれない心の指針となり、組織全体に揺るぎない芯を通すことができるからです。
経営者が理念を確信するまでの軌跡
経営者が自らの人生や事業の目的を深く追求し、理念を確信した事例として、ここでは松下幸之助さんと稲盛和夫さんの2人から学びます。
1. 松下幸之助さんの「水道哲学」と「経営成功の最短距離」
松下幸之助さんが提唱した「水道哲学」は、企業が社会に提供する製品やサービスが、水道の水のように安く豊富に供給されるべきだという思想です。これは、経営者が「このために死ねる」と確信するほどの崇高な使命感を持ち、それを実現することが「経営成功の最短距離」であるという考え方につながっています。
2. 稲盛和夫さんの「つるし上げ」
稲盛さんの「つるし上げ」とは、創業間もない頃に社員から給与や待遇について激しく追及された出来事です。この危機に直面し、3日3晩にわたる真摯な対話を通じて、稲盛さんは「経営とは社員の幸せを追求することだ」と心から確信しました。この経験が、京セラの理念の土台を確固たるものにしたのです。
3. フレデリック・ラルー氏の「ティール組織」
最近流行した「ティール組織」の著者、フレデリック・ラルー氏は、組織のあり方を色で分類し、最高段階の「ティール」は、組織が「進化する目的」に基づいて自律的に動く状態だと説いています。これは、経営者が個人的な信念ではなく、事業そのものに宿る崇高な目的に従って経営を行うという点で、稲盛さんや松下さんの理念経営と共通する考え方です。
稲盛和夫さんが松下幸之助さんに感謝した理由
『京セラフィロソフィー』誕生の裏には、松下幸之助さんとの値下げ要求のエピソードがあります。京セラは創業時、松下グループの協力工場としてセラミック製品を納入していました。ある時、松下幸之助さんから厳しい値下げ要求を受け、稲盛さんは「大企業に値切られ、生き血を吸われる」と捉えるのではなく、この困難に敢然と立ち向かう道を選びました。
稲盛さんは後に、この厳しい要求を「下請けいじめは愛のムチ」と表現し、次のように語っています。「下請けの多くは『大企業に値切られ、生き血を吸われる』と発想し自滅していきましたが、逆に私のように『下請けいじめは愛のムチ』と発想してその困難に立ち向かったところだけが生き残りました。
京セラが今日、世界の電子部品メーカーとして力を蓄えられたのは、松下さんのあの厳しい購買姿勢に鍛えられたからです」と感謝されていました。この経験は、稲盛さんにとって経営者としての覚悟を固め、理念を確信するための重要な出来事だったのです。